過去の亡霊

 

  人に言えば大げさだと言われるのだろうけれど、生まれてから四半世紀、私の人生は波乱万丈であったと思う。波乱が起こる上に、またさらに波乱を呼びそうな選択をしてしまう私の思考回路にも多分に原因があったのだと、今になって反省しきりであるが、まだ自分で何も選択出来ないでいた幼少のころの親の選択ミスから始まったつまずきが、どんどん悪い方へ悪い方へ転がった気もしたりして・・・自分で人生の選択を出来るようになってからのことは親を責めることは出来ないので、自分の性格のあまりのひねくれ具合が悪かったのだと思うしかないのだが。

  人間関係を上手くやっていくことが出来ず職を転々とし、どんどん自分の世界にばかり篭るようなそんな暗い奴だった。主人と出会うことがなければ、一体どんな人生が続いたのだろうと想像するたび、「出会えてよかった」と運命に感謝したりして。
  結婚し、慣れない家事や慣れない人間関係に2年ほどは精神的に荒れていたのだけれど、忍耐強くそんな私につきあってなんとかしようとしてる主人との生活の中で、ようやく「ずっとここに居てもいいんだ」と安心出来るようになり、晴れた日に廻る洗濯機の前で青空なんぞを見上げて、「平和だなぁ〜」と幸せな気分で泣けたり出来るようになったそんなころ、波乱万丈だった時代の私を知る人に、偶然街中で出会った。

  その日、私は近所の本屋まで行こうと歩道を歩いていた。本屋までもうすぐというところで自転車とすれ違い、そのまま歩きすぎた私の後ろから、自転車に乗った男性は私の名前を呼んだ。背中越しに聞えた声で、すぐに記憶に残っていた人物を思い出した。
「あいつだ・・・」

  その人は、かつて1年ほど、あるクラブで一緒だった年配の男性で、クラブに入会したての私にあれこれ教えてもくれ、可愛がられていたものだから、私の方もクラブ運営に協力しようとがんばっていた。が、あるときから彼の私への発言は、クラブ内のことだけでなく私のプライベートにまで及ぶようになってきた。
  ちょうどその頃両親の別居が始まったりして、両親の家を行ったり来たりしていた私の事情を知っていた彼は、勝手に私の父親代わりのつもりで、日常生活のことなどにも口を出すようになったのだ。ただでさえ、親の間に挟まれてどちらの親をも選ぶことが出来ず、右往左往していた私である。しかも父親を尊敬すれども嫌ったことなどないのだ。そんな私に父親は一人しかいないのに・・・彼が父親代わりを気取ってあれこれ意見するたびに、まるで本当の父親が何も言わないからだと言われてるようでたまらなかった。
  また、私はプライベートな1人の時の自分だけの世界と、人との交流のある世界をきっちり分けて、交流のある世界のことは何を言われてもいいが、自分だけの世界にまで干渉されると、土足で踏み込まれ心の中を汚されたように傷つく性格で、土足で踏み込んだ相手のことは二度と信頼しないようにしている。そして彼は土足で私の中に踏み込み、そのときの精神的な傷は今だって消えはしない。
  私がそういうとき文句のひとつも言える性格ならよかったのだけど、そのころの私は自分の思ってることをどう言葉にして相手に伝えればいいのか、それすらも悩んでしまうくらい暗い奴だったから、何も言わずにクラブを辞め、彼の前から消えるくらいしか出来なかった。心の中は彼に対して「あぁも言ってやりたかった、こうも言ってやりたかった」と言葉が溢れていたのだが・・・

  声をかけられた時、そのまま気づかぬフリをして行き過ぎてもよかったのだが、すでに足を止めてしまった。振り向かざるを得ないのか。そして会話しなければならないのなら、どうせなら昔の私じゃなく、今の私を知らしめてやりたい。「私、とっても幸せなのよ」と。幸せになることが土足で踏み込んだ相手に対する最大の復讐であろう。
  そう心に決めて振り向いた私は、笑顔を見せることも出来ずに固まってしまった。

  彼の目は、まるで哀れな者を見つめるような目だった。今ここにいる何年か振りで会った私ではなく、あのころのままの彼の中のイメージの私を見つめてる。その眼差しに傷ついた。かつての自分が、何年か振りで出会っても他人に哀れまれるような人間だったのかと。
  結局私は彼が話す一言二言にただうなずきそのまま別れ、家に帰ってから悔しくて悔しくて溜まらずに泣いた。
  
  あのとき、あの目に負けずに復讐を遂げなくてよかったと思う。どれだけ今の幸せを語ろうと、彼の記憶に残っている昔の私のイメージは書き換えられることはないだろうし、それよりも苦々しく思ってる相手に今の幸せを語って「苦労したんだね」なんて同情されたり哀れまれたりした日には、さらに傷が深くなるだけだ。
  そして、何より私の大嫌いなタイプの彼に、一体私の何を知ってもらわねばならないのだ。理解してもらいたいだけの人間なのか。答えは否。
  それならば、何も語らず相手の思いたいように勝手に哀れませておいて、「ただ青空を見つめるだけで泣ける平和を彼は知らない」と心の中で笑ってやれ。彼を逆に哀れんでやるのだ。心の中で思う分には誰も傷つかず、誰も殺さずにすむ・・・それが一番の復讐であり、傷ついた自分を癒す最大の薬だろう。

  彼の他にも、昔感情を言葉に出来ずに言い返せなかった相手は何人もいる。土足で踏み込んで来た相手も何人もいる。だけど、もし今彼らの所在がわかったとしても、私は出向いていくことはないだろう。街で偶然出会っても、何も言わずに立ち去るだろう。

  今もフッとしたときに、過去の彼らの記憶がよぎることがある。過去に投げつけられた言葉を思い出して癒えかけた傷が開きそうになり、心が負けてしまいそうになる。
  そんなとき私は心の中で、過去の彼らの亡霊を見返すように胸を張ってこう言うのだ。
「私は幸せよ・・・」

 
亡霊たちに勝ち続けたいという思いが、私の生きる原動力になっている。

 

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