'82.8.31-忘れられない夜-

 

 「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
宿題の山を前に唸っていた。中学に入学して最初の夏休みの最終日。
「だいたい、なんでこんなに宿題があるんだぁ!!!」と叫んでみても後のまつり。怠惰に夏休みを過ごした報いである。
 とりあえず、すぐに終わりそうなものから手をつけようとテキストブックに答えを埋めていく。わからないところは適当に、選択問題はカンで・・・終わらせる事が目的なんだから、答えがどうだろうがいいんだぁ!なんて自分に言い訳しながら。

 気がつけばすでに日付が変わり、最後の難所である美術のパネル制作にかかっていた。画用紙より大きなパネルに絵を描いていかなくちゃいけないんだよね。1学期の中頃から美術の時間にどんな絵にするかをデザインブックにいろいろ描いてみる授業もあったわけなのだが、元々絵を描く才能がまったくないもんだから、頭に浮かんだ絵を実際に描ける技術もなく、美術の先生にも「これ、なんですか?」なんて言われるしまつ。
 しょうがないので、一番描きやすそうな星を描いていく。これならコンパスと定規で正確に下書きできるもの・・・星がガラスの瓶から飛び出していくって図柄で決まり!配色もバックは夜だから黒だけでいいし、星は黄色でしょ、ガラス瓶は水色。
 やったね!勝ったも同然。うひゃひゃ♪

 先が見えてくれば気持ちにも余裕が出てきて周りが見えてくる。
 もうすでに近所も家の中もシーンと静かで虫の声が聴こえるだけ。ちょっと寂しい。そういえば、世の中には深夜ラジオというものがあるらしい。ラジオ・ラジオ・・・あった。スイッチを入れる。
 時計を見るともうすぐ深夜1時。深夜ラジオといえば「オールナイト・ニッポン」って番組があるという。確か1時からだったよなぁ〜今夜は誰がしゃべるんだろう?下書きを終えポスターカラーを水に溶かしつつ1時を待つ。

 1時の時報が鳴る。「ポーン!」そして聴こえてきた声は・・・誰だ?この素っ頓狂なお姉さんは!?!?
 ラジオの中のお姉さんはひとしきり喋り、そして言った。
「中島みゆきのオーーーールナイト・ニッポーーーーン!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え゛っ?
 彼女に関する情報をその頃の私はほとんど持っていなかった。2年程前に「悪女」がヒットし、漫才のネタにも使われたし歌も知っている。トップテン番組には出演しないから、いつもジャケットの写真が出るだけ。暗いというイメージがあることもなぜか知っていたけど、喋りを聴くのは初めて。まるで歌でも唄っているような喋り方をするかわいい声のお姉さんじゃん!!!「悪女」のジャケットの色っぽい部分はどこなのぉ???
 ジングルが終わり1曲目が紹介され、曲が終わりCMに入ったそのときも、私はパニックに陥ったまま筆を持って固まっていた。
 CMが終わり彼女がまた喋り出す。リスナーからのハガキを読み、ケラケラ笑う。深夜の静まり返った部屋の中に響く彼女の声は、アーティストという高みから発せられたものには感じられない。まるで、私の横で「何やってんのぉ?」と話し掛けているような親しみを覚える。なんかいいなぁ〜〜〜パニックは収まり、彼女の喋りを聴きながら筆を動かし始める。

 ペタペタ・ペタペタ・・・筆は進む。もうすぐ完成だ。彼女の番組も終わりを迎えていた。提供が読み上げられる。そして最後のハガキ。ここだけは今までのハガキと違い真面目なハガキだ。彼女の声もそれまでの素っ頓狂な高いトーンから少し落としたトーンで、きっとこれが素の声なんだろうなと思う。
 「また、来週。中島みゆきでした」
 もう終わりかぁ〜楽しかった2時間が終わる。宿題の山も終わる。夏休みも終わる。すべてが終わってしまう寂しさが一挙に押し寄せる。そのとき・・・

 ラジオの中、遠くから男性の声が聴こえてくる。遠くからどんどん近づいてくる。男性は一人ではないらしい。コーラスだ。何を唄っているんだろう?どんどん近づいてもうすぐ手が届きそうなその瞬間、地の底から響く女の声。
「世の中はいつも変わっているから
      頑固者だけが悲しい思いをする」
 地の底に埋もれた数々の人の思いを束ねたような、哀しいけれど真直ぐな剥き出しの歌声だった。一瞬、それがついさっきまでケラケラ笑ってた彼女と同じ人間が歌っているとは思えなかった。でも、彼女なんだとわかってしまう自分もいた。
 世の中は「楽しくなければTVじゃない」に象徴される明るさだけが善で、暗いことは悪と思われた華やかな時代だった。小学生時代失敗した私は、中学に入り環境が変わったことを利用して自分を変えてみようと必死だった。明るく楽しく誰とでも仲良く、決していじめられたりしないいい子・・・でも私の中にあるなんだかわからない暗い闇の部分は隠して。
 彼女に見透かされた気がした。そして、それは嫌な事ではなかった。
「明るい部分も闇の部分も、どっちも私なのよ。そして、どっちもあなたなの」
彼女がそう言っているように思えた。

 後日、おこづかいを手にレコード屋の本棚で「ギター弾き語り・中島みゆきベスト曲集」の中から歌詞を手がかりにあの日聴いた曲を探して、曲名が「世情」であることを知る。すぐに収録されているアルバム「愛していると云ってくれ」を買ったことはいうまでもない。

 
 追記:夏休みの宿題はその翌年も・翌々年も山となって最終日を迎えた。
 

 

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